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川の流れを見つめるなど、自然を確認して歩く記録


by hitoiro999

玉川上水

「玉川上水」をインターネットで検索したところ、懐かしい写真が現われた。南新宿の文化服装学院前のモニュメントである。
玉川上水_e0119932_23562342.jpgもう、20年も前に文化服装学院を訪ねた時、歩道を歩いていた私の前に、突然、行く手を立ちふさがるように、このモニュメントが現われた記憶がある。ここを流れていたという玉川上水とは何だろう、そこに説明文があるにも拘わらず、そう思った。もう、すっかり忘れていた、あの時の驚きをかすかに思い出した。あの時初めて玉川上水というものがあることを知ったのだった。


玉川上水_e0119932_154766.jpg実物に出会ったのは、それから10年程後、今から10年程前、三鷹であった。みたか井心亭でのお茶会に出かけたとき、三鷹駅南口から草木が鬱蒼と茂った地帯が帯状に延びているのに出会った。

玉川上水_e0119932_183334.jpgお茶会の後、戻って玉川上水であることを知り、井の頭公園の横、万助橋まで辿ったのだが、あまりに青々とした緑にすっかり魅了されてしまった。どこまで続くのだろう、ここ三鷹駅を起点に辿ってみよう、という気を起こしてしまった。そして興の向くまま断続的に玉川上水を辿ることになった。

小平では、上水は雑木林の中を流れている。初めてそこへ行ったのは春で、ニリンソウが咲いていた。三鷹駅から遡上して武蔵野市で五日市街道に合流し、小金井市に入り、小金井公園の近くを通って小平市に至る。確か喜平橋辺りから雑木林の様相になり、小平中央公園の近くでニリンソウを見つけて小躍りしたのではなかったか。
玉川上水_e0119932_1211686.jpgその日は鷹の台駅近くの喫茶店で終了としたのだが、玉川上水に関する本がそこに置いてあった。上水に愛着を持ち、保存に尽力する多くの人がいることを知る。江戸初期に開かれ、江戸市中に水を供給し、明治・大正・昭和と大役を果たした上水も、水道の整備により役目を終え、昭和40年に小平監視所以降の水の供給を止めたのだそうだ。それが、多くの人の尽力により、昭和61年に復活したという。


玉川上水_e0119932_1313473.jpgこの辺りは話に聞く武蔵野の中を歩いているようで一番好きだ。最近改めて行ってみたが木々に囲まれ土を踏む足元が心地よい。

玉川上水_e0119932_19234751.jpg高く伸びる木、はるか頭上の葉ずれの音。木の葉の向こうに透ける空が遠い。時々鳥の影がよぎるが相変わらず写真に撮れない。

井の頭公園から久我山の浅間橋までの道のりもいい。玉川上水_e0119932_03554.jpg
井の頭公園の雑木林が玉川上水に沿って帯になって続いているようだ。特に牟礼の辺りは藪といってよく、周囲に人家が接近していて田園風景ではなくなっているだけに、伸び放題の木や草に、かえって自然のたくましさを感じる。鳥の声も心地よい。

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最近、拝島から羽村までを4月末に、また、久我山から新宿までを6月末に歩き、玉川上水の旅を完了した。その間に上水に関する本やWEBページを見つけた。玉川上水から33の分水が行われ、江戸市中のみならず、広く武蔵野丘陵を潤してきたことを知る。この上水のおかげで武蔵野の開発が画期的に進んだ、それ以前は荒涼とした台地であったという。また、現在も羽村から小平監視所までの上水は村山浄水場への導水として機能している。人の手が入る前の、薄の類がぼうぼうとしスダジイなどの林が点在する武蔵野の台地を想像するとともに、そこをこつこつと開墾してきた先人の努力を想う。その時、大きな時間の流れの中の一点に立つ自分を感じる。
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# by hitoiro999 | 2007-07-11 01:45 | 川をたどる

多摩湖

今日は多摩湖を一周する。武蔵大和駅より出発、サイクリングロードをとる。
初めは右に森、左は人家、やがて道の両側とも樹木となる。
しばらくして、雨がしのつき始めた。緑が濡れて気持ちいい。

時々サイクリングの人、ウォーキングの人、ジョギングの人とすれ違うが、今日は総じて人が少ない。雨の所為だろうか、季節が外れているのだろうか。

コゲラがいる、と、友人が教えてくれる。目線で示す方向を一心に見つめるが、いつものことだが、私はなかなか鳥の姿を捉えることができない。いた、黒い影がちょこちょこ動く。少しも落ち着かない。デジカメでの撮影はあきらめ、見えなくなるまでただ姿を追いかけた。

鶯が鳴く。いい声だ。ホトトギスが鳴いた、また、友人が教えてくれる。耳を澄ましたが、何も聞こえない。以前戸隠で「特許許可局」という声を聞いて、帰宅後、野鳥のCDで鳥の声をあれこれ聞き、名前をやっと探し当てたことがある。
先へ進む。鶯は何度も鳴いたが、ホトトギスのあの声は聞こえない。
しばらくして、また友人が、ほら、という。耳を澄ますと、かすかに「特許許可局、特許許可局」。やっと聞こえた。
友人は、「天辺欠けたか」と鳴いているという。でも、何度聞いても私には「特許許可局」と聞こえる。どちらもホトトギスの鳴き声としていわれているものだか、お互いに一方の鳴き方にしか聞こえない。おかしなものだ。「天辺欠けたか」には何か昔話のいわれがあったはずだから、随分昔からいわれているのだろう。

終点近くで、多摩湖を見ることができた。ずっと多摩湖を囲む樹林の中を歩いたのだった。
天気には恵まれなかったが濡れた濃い緑が美しかった。そういえば昨日は夏至、もう夏だ。

多摩湖
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ノカンゾウ(一重咲き)かヤブカンゾウ(八重咲き)か、写真は八重に見えるが、現場では一重咲きに見えた。
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オカトラノオ
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キササゲ
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ネムノキ
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ワルナス他
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# by hitoiro999 | 2007-06-26 01:59 | 花鳥を求めて

野川

武蔵小金井駅で下車し、小金井街道へ出て南へと歩くと、やがて大きな坂に出会う。坂道の両側は断崖になっているが、道はゆったりと下り、少し先で野川にでる。ここから下流へは既に何回かに分けて多摩川まで下った。今日は上流へ遡る。
前原小学校の辺りまでは緑道があり、鳥が飛び交うのを楽しめるが、そこからは、流れは人家の間を縫い、緑道は無く、追いかけるのは宝探しのようだった。右に建物に覆われた山のような崖がそびえる。「崖線」という言葉をしみじみ反芻しながら行く。古代に多摩川によって形成された河岸段丘の崖が武蔵村山付近から大田区まで続いており、国分寺崖線と呼ばれている。このあたりの崖の向こう、学芸大学がある辺りからは仙川が流れ出ている。始めは、距離的にこんなに近い二つの川が遠く世田谷区で合流する。崖は、初めはやや遠くにあったが、次第に近づき、野川はやがて崖を分け入っていった。
国分寺駅の先、流れが中央線の線路をくぐったところで、追跡不可能となった。この線路の向こうは日立製作所の日立中央研究所だ。地図ではここに大きな湧水池があり、流れはここから出ている。

後日再び武蔵小金井駅から国分寺駅方向へ歩く。今度は崖を珍しがるように、時々坂を上ったり下ったりしながら歩いた。貫井神社が崖下にある。鳥居をくぐると赤い太鼓橋があり、これを渡って社殿に着く。前に池、奥に湧水、細い水路がぐるりと社殿を囲み、いかにも水の神社だ。その先に、東京経済大学がある。崖の上と下にわたる広い敷地だ。崖下に湧水があるそうだ。二つとも、野川に注ぐらしいが確認できなかった。
日立中央研究所もあきらめきれず行ってみたが、やはり、塀の外からこんもりとした森を見上げるのみだった。研究所の南側、中央線の北側をあちこちと回って東福寺近くで恋ヶ窪用水とその案内板を見つけた。恋ヶ窪用水にそって姿見の池へ着く。姿見の池も湧水で、野川の水源のひとつとのこと。恋ヶ窪用水は玉川上水から姿見の池まで引いた農業用水だそうだ。

水源は他にもあり、そのうち大きいものに、国分寺裏手とすぐ近くの真姿の池湧水群がある。
日を改めて行く。西国分寺から鳥の声を聞きながら史跡通りを通り国分尼寺、僧寺と訪ねたが、その史跡の大きさに驚く。武蔵野国の国府は文字通り地方の中央政庁として大きな力を持っていたに違いない。
現在の国分寺裏手から元町用水へと流れる水を追う。お鷹の道として整備された遊歩道は、今日は人通りが少なく、鳥の声がよく聞こえる。間もなく、別方向からの流れとの合流点に着く。その別方向からの流れの源へと左へ折れると、そこに鬱蒼とした林に囲まれて真姿の池と湧水があった。池の中央に弁財天の社がある。湧水は切り立った崖のすぐ下に位置する。清流である。
流れに沿って野川本流との合流点である不動橋へ向かう。しばらくは緑豊かなお鷹の道を行くが、途中から、用水にしたがって道をそれる。だんだん人家に紛れて見失いそうになるが何とか不動橋まで辿った。先日この橋を通過したときは合流点であることに気づかなかった。水の流入口などをつくづくと眺めた。

後日撮影した湧水地
<東京経済大学-新次郎池>
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<姿見の池>
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# by hitoiro999 | 2007-06-13 22:18 | 川をたどる
友人と、千川上水・多摩湖自転車道・多摩湖周遊を目指して歩くことにした。
花や鳥に詳しい友達で、これは何、あれは何と聞くのが楽しい。詳しく教えてくれる。ただ、なかなか覚えられないのが困る。
千川上水は玉川上水から水を取り、巣鴨まで通していたという。一時は、上水として本郷、神田、浅草までも飲料水を提供したが、後には農業用水として流域に広く水を提供していた。
今日は暗渠になる前の水道端から遡り、取水口境橋より手前柳橋よりちょっと先までたどる。
そのあたりから多摩湖自転車道に入り、ひたすら多摩湖を目指して行けるところまで行こう、という計画だったが、多摩湖直前で武蔵大和駅へ出て終了とした。今日一日でここまで歩けたとは驚きだ。
千川上水は幅の狭い小川で金網に覆われることも無い親しみやすい川だった。鳥が手が届きそうな近いところまでくるのが嬉しい。多摩湖自転車道も鳥が多い。コゲラを見たのは初めてなら、オナガ・ヒヨドリ・ムクドリをこんなに近くにみたのも初めてだった。かなり時間をかけて追ったにも拘わらず、鳥の写真は1枚も成功しなかった。こうして撮り損なった鳥の名前が判るのは友達のおかげ。

<取水口近くの千川上水>
千川上水から多摩湖自転車道_e0119932_185167.jpg
千川上水から多摩湖自転車道_e0119932_183745.jpg

<沿道の花>
トキワツユクサ千川上水から多摩湖自転車道_e0119932_11027.jpg

ムラサキシキブ 千川上水から多摩湖自転車道_e0119932_1103126.jpg


ウツギ千川上水から多摩湖自転車道_e0119932_1131287.jpg

ユスラウメ千川上水から多摩湖自転車道_e0119932_11621.jpg

ダンダンギキョウ千川上水から多摩湖自転車道_e0119932_117770.jpg

ユウゲショウ千川上水から多摩湖自転車道_e0119932_117596.jpg

シモツケ千川上水から多摩湖自転車道_e0119932_1184444.jpg

不明千川上水から多摩湖自転車道_e0119932_1191263.jpg

# by hitoiro999 | 2007-05-28 00:58 | 花鳥を求めて

仙川

川の流れに沿って歩くと、川が変化し、景色も変わっていくのが面白い。
仙川沿いの遊歩道を見つけ、歩くことにする。
1日目は仙川駅近くの仙川橋から成城学園前駅近くの竜沢橋まで、2日目は三鷹の下連雀5の橋から、仙川橋まで、3日目は竜沢橋から鎌田橋までと3日に分けて歩いた。仙川は国分寺崖線の間を流れ、鎌田橋で野川と合流して終わる。ここまで来ると、その野川がそそぎこむ多摩川ももう遠くない。
5月の空は美しく、川を覆う若い緑は清々しく、鳥の声は楽しい。偶に黒い影が川沿いに飛んできた。そのまま後ろに飛び去るカルガモを驚いてぼうっと眺める自分がおかしい。私に区別がつく鳥は、カルガモ、ハト、ツバメ、スズメにカラス位だ。時々、あれは何だろう、後で調べよう、とカメラを向けるが、どの鳥も私に付き合ってはくれない。悔しい限り。沿道の家々の庭の花も遊歩道を飾る。

追記1: 武蔵野市境5の辺りで仙川を見つけ、小金井市の学芸大学近くまで辿り、「仙川上流端」を確認。仙川は細くくねくねと、或いは”角角と”、蛇行し、昔はきっと田畑を縁取る様に通っていたのだろうなと思われる。桜堤から上流は水が無くセメントの川底がむき出しだ。この小さな流れが勝淵神社あたりの湧水も集め、大きく成長して野川に注ぐのだなと思いを巡らせるとちょっと感動する。”築樋”の説明がでていたが、現物の確認はできなかった。
追記2: 境5の辺りから武蔵境駅から三鷹よりの線路下まで辿る。途中暗渠のため確認できないところもあり。
追記3: 線路下から下連雀5の橋まで歩く。やはり、途中暗渠になって確認できないところもある。ここまでは川底がセメントで川らしく見えない。

<仙川橋>
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<川を覆う緑>
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<鷺・・・コサギだろうか>
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<沿道の緑・花>
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# by hitoiro999 | 2007-05-24 01:40 | 川をたどる